えひめ丸事故

発生日 2001年2月9日(平成13年)
経過 発生から25年5か月
発生場所 ハワイ・オアフ島沖(愛媛県宇和島市の高校実習船)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 9人
ハワイ沖でアメリカ海軍の原子力潜水艦が浮上した際、愛媛県立宇和島水産高等学校の実習船えひめ丸に衝突・沈没させ、教員・乗組員・生徒9人が死亡した事故。
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事故の経過

2001年2月9日(日本時間10日)、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島沖で、アメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビルが、民間人の体験航海中にデモンストレーションとして緊急浮上訓練を行った際、浮上中の潜水艦が、近くを航行していた愛媛県立宇和島水産高等学校の実習船えひめ丸に衝突した。えひめ丸は船体後部に大きな損傷を受け、衝突からわずか5分ほどで沈没した。
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犠牲者と原因

乗船していた教員・乗組員5人と生徒4人の、あわせて9人が死亡・行方不明となった。原因は、潜水艦側が民間人への体験対応に気を取られ、周辺海域のソナーによる確認が不十分なまま緊急浮上を行ったことにあるとされた。アメリカ側は過失を全面的に認め、艦長は事後、軍法会議にはかけられなかったものの、事実上の更迭となった。

日米関係への影響とその後

アメリカ政府・海軍は日本側に謝罪し、被害者遺族への損害賠償や、沈没した船体の引き揚げなど、異例の対応がとられた。事故は日米間の外交問題にも発展したが、被害者遺族とハワイの地域住民との間には、事故後も追悼行事などを通じた交流が続けられており、悲劇を教訓に友好関係を紡ぎ直す取り組みが今日まで継続されている。

被害者を悼む活動

事故後、宇和島水産高等学校では、犠牲になった生徒や教員を悼むための記念碑が建立され、毎年慰霊祭が営まれている。ハワイ現地でも、地元住民やアメリカ海軍関係者が参加する追悼行事が続けられており、事故を風化させず、日米間の相互理解を深める場として位置づけられている。

実習船の新造

沈没したえひめ丸に代わる新しい実習船は、事故から2年後の2003年に就航した。新しいえひめ丸は、犠牲者への追悼の意を込めて建造され、現在も愛媛県の水産教育を担う船として、遠洋実習などに用いられている。

再発防止への取り組み

アメリカ海軍は事故後、民間人の体験航海における安全確認手順を全面的に見直し、緊急浮上訓練の際の周辺監視体制を強化した。この事故は、軍の広報活動と航行安全の両立という課題を浮き彫りにし、各国海軍の民間人搭乗プログラムのあり方にも一定の影響を与えた。

経過

  1. 2001年2月9日
    平成13年

    事件・事故 米原潜がえひめ丸に衝突、沈没させる

    9人が死亡・行方不明となった。

出典・公的資料

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「えひめ丸事故」事件データベース jiken.jp、2026年8月4日閲覧。https://jiken.jp/cases/2001-ehime-maru-accident/

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