島根県の殺人事件一覧(4件)|災害、事故
島根県で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
4 件
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島根女子大生死体遺棄事件
2009年(平成21年)10月26日、島根県浜田市で島根県立大学1年の女子学生(19)が行方不明になり、11月6日以降、広島県山県郡北広島町の臥龍山付近で遺体が相次いで発見された。広島・島根両県警は合同捜査本部を設置したが被疑者を特定できないまま、死体遺棄罪の公訴時効を迎えた2012年に殺人罪へ切り替えて捜査を継続した。2016年、事件直後に交通事故で死亡していた男が所持していたデジタル機器から復元された画像により被疑者と特定され、2017年1月、松江地方検察庁が被疑者死亡による不起訴処分とした。
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昭和58年7月豪雨
1983年(昭和58年)7月20日から29日にかけて、日本海を進む低気圧により梅雨前線の活動が活発化し、日本海側を中心に大雨となった。23日には島根県西部で記録的な豪雨となり、浜田では時間雨量91.0ミリ、日雨量331.5ミリを観測。中小河川の氾濫と山崩れ・がけ崩れが相次いだ。気象庁のまとめによる全国の被害は死者112人・行方不明5人・負傷者193人で、うち島根県内の死者・行方不明者は107人にのぼり、犠牲者の約8割が土砂災害によるものだった。
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美保関事件
1927年(昭和2年)8月24日夜、島根県美保関沖で行われていた連合艦隊の夜間演習中に、巡洋艦「神通」が駆逐艦「蕨」に、巡洋艦「那珂」が駆逐艦「葦」に相次いで衝突した海軍の事故。蕨は沈没し、葦は艦尾を失った。海軍大臣の奏上によると、救助されたのは蕨の乗員21人だけで、ほかの119人が行方不明となった。神通の艦長は起訴されて軍法会議の公判を受けたが、判決の前日に自ら命を絶ち、公訴権は消滅した。美保関の五本松公園には、事故の慰霊塔が今も残る。
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浜田地震
1872年3月14日(旧暦明治5年2月6日)、浜田県浜田町(現在の島根県浜田市)の沖を震源として発生したマグニチュード7.1程度の地震。気象庁松江地方気象台によると、島根県内で死者551人、負傷者582人、全潰4,506棟、半壊6,072棟、焼失230棟、山崩れ6,567箇所の被害が出た。本震の直前に浜田の港で海水が大きく引いたという証言が残る。被災者には、前年に定められた「窮民一時救助規則」に基づき政府から直接救助金が支払われた。国の天然記念物「石見畳ヶ浦」は、この地震で隆起した海床として指定されている。
出典: https://jiken.jp/pref/shimane/(2026-10-30 取得)/ 事件JP